2007年01月24日

お母さん、いてほしい

昨夜、初めて、1年生の息子が言いました。……▼
「お母さん、帰ってくるの遅い。もう7時になっちゃう」と。彼は、私が帰るまで、夕食も食べずに待っているのです。「毎日少しずつ勉強したいのに、お母さんがいないとできない」「○○君のお母さんは、学校から帰ったときにいるのに」「3時とか4時には、いなきゃだめ」と。
 こんなふうに子供に言われたことが初めてでしたので、なんて答えようか、考えました。「ごめんね」というのはよそうと、思っていました。仕事をしているのですから、謝ることはない。堂々と、仕事に誇りを持ち、子供にもそれはわかってもらおうと考えているのです。「お母さんの会社は6時までだから、7時くらいになるのよ」「急いで帰ってくるから、一緒に食べようね」と、ひざの上にのせて、一緒に食べました。毎食、彼は、私のひざの上で食事をするのです。
 ちょっと気持ちが弱くなったとき、愛する人にそばにいてほしいと、誰もが思うことでしょう。そんな気持ちを大切にし、感謝し、でも互いに、互いの仕事を尊重する。こどもの気持ちを受け止めて、認めてあげることで、こどもが安心を体感できたら、少しずつでも一緒に前進していかれるのでは、と思っています。
 ……今日家に帰ると、まったく、そんなことは言わずに元気にしていました。夕食も食べ終わっていました。毎日、毎日のこどもの心を、そのとき、そのときごとに、しっかり受け入れてあげたいと思います。


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この記事へのコメント
娘がまだ会話もできぬ頃、天気のよい日は毎日公園に出かけました。
公園では小学生が娘と遊んでくれました。
彼女ら、彼らは娘と遊びながら、知らないおばちゃんである私に、たずねもしないことをいろいろと話してくれました。

好きなお菓子の話から始まり、それが地方のものであること、そこにはお父さんが住んでいること、
両親は離婚してお母さんは働いていること、
家にはおばあちゃんがいて、ごはんはおばあちゃんが作ってくれること。

別の子は、
お母さんは働いているから家にはお兄ちゃんしかいないこと、
お母さんは(優秀な)お兄ちゃんばかりかまって、僕はかまってくれないこと、
お友達が僕と遊んでくれないこと。

はじめは、私ってなんだか小学生に人気があるなー、なんて勘違いをしていましたが、ある日、近くにいたご近所のおじいちゃまがおっしゃいました。
「あいつは寂しがりやだ」

あの子達は、誰でもいいから話を聞いて欲しいんだ、と気がつきました。
Posted by 3年経ってますが at 2010年05月28日 01:45
ばついち子供二人。職場が自宅、学校に近いこと、子供を出入りさせていただけている環境。本当に感謝、感謝です。
ただ、ディーラー勤務のため土日出勤。子供の行事にもほとんど
参加できず、下の一年生の子供は、ままにいてほしい。。と
なきながら電話をしてくることもたびたび・・
こちらのストレスが限界にきているときは「じゃーままは
仕事辞める!」などと吐いてしまい、また泣く・・
本当に悪循環でいっぱいいっぱいでした。
佐々木さんのコメントを涙ためながら、よみました。
今年は、「経済的自立・精神的自立」を目指していますが、すぐに倒れてしまう、まだまだ弱い自分が情けなく・・
こんな好環境で働けることに本当に感謝しなくては・・と、
自分をいさめている毎日です。
Posted by レイ at 2007年02月07日 11:56
一番、側にいてあげなくてはいけない、大切な中学時代に私は
息子のそばに、居ないで3つの仕事を掛け持ちしてました。「ごめんね。」を言いながら・・・

結果、言葉に出来ない心の声に、私は気づかず、彼はどんどん、地域の不良のブロックに組み込まれて行きました。

仕事を持つ事は、すばらしい事です。でも心の置き所を少しでも誤ると、バランスをくずした‘ヤジロベー‘の様にずっこけます。

子供は敏感です。心の声を感じ取ろうと、努力する親の姿をわかってもらえる様に、今遅まきながら、努力している、私です。
Posted by ありがとね at 2007年02月01日 14:49
「ごめんね」は言わない…という言葉にハッとしました。
中学生になって息子はいま成長期特有の病気で苦しんでいます。
そんなときでも仕事はあって…いつも「ごめんね」と言ってしまいます。
先日「それって、重いんだよね」と息子から言われて、
そうか…わたしはわたしとして元気に過ごしながらサポートしていくのが
いちばんいいのかな…と思ったところでした。
思春期のむずかしい時期の子どもとも真摯に向き合っていきたいと思います。
Posted by my at 2007年02月01日 12:46
私もフルで働いています。ウチは一人親なのでわたしが働かないと生活できません。息子は保育園に毎日楽しそうに行ってくれます。しかも朝保育園に送ると「ママお仕事がんばってね!」と言って見送ってくれます。今朝は急いでいたこともあり感情的に息子を叱ってしまい、それでも少し寂しそうに、今にも泣いてしまいそうに「お仕事がんばってね」と言ってくれました。。そんな息子の姿を見て感情的になって怒ってしまった自分が情けなく、胸が痛いほど息子に「ごめんね」という気持ちになりました。ママと一緒に居たいという気持ちはいつもあるのではないかと思います。寂しい気持ちになった時にはママが恋しくなるのではないかと思います。でも幼いながら「ママは働くもの」と分かっているようです。そんながんばって理解しようとしている息子のためにも一緒に居れる時間はなるべく時間にゆとりを持って、たくさん愛してあげたいと、つくづく思いました。
Posted by kumikumi at 2007年01月29日 13:10
ごめんね・・はよそう、確かにそのとおりですね。毎日、子供たちと英会話教室をしている私は自分の子供とすれ違いの生活、一人っ子で時には主人も遅いときがあり、罪悪感を持つ時もあります。でも、子供は親がきちんと生きていれば、必ず見ていてくれる・・・自分がそうだったように・・・と、信じています。
Posted by 横山人美 at 2007年01月28日 12:41
私も佐々木さんの記事と皆さんのコメントを読ませて頂き、身につまされました。私もずっとフルで働いていて、2回とも産休のみで仕事復帰し育休もとってないので、子供のことで何かあると、つい自分がついてやっていないから、と落ち込んでしまうんですね。2人を保育園に預けていた頃、近所の奥さんから「どうして御母さんは仕事ばかりするんだろうね」とか言われた事もあります。夕方は近居の私の親が通ってくれるのですが、親も何時までも若くはないので、これ以上負担はかけられないです。幸い2人とも、母親も働くものと思い込んでいて、友人の御母さんが専業主婦だったりすると「どうして働かないんだろう」なんていっています。今の職場は子持ちに配慮があるし、小学校の先生方も働く母に理解があるから、まあ救いかな。
Posted by いんこいんこ at 2007年01月27日 13:57
私の母もずっと働いていました。といっても、佐々木さんのようにバリバリというわけではありませんが、フルタイムで近所の建設事務所でです。私が学校に入る前から働いていたので家にはいつも祖母がいました。そういう環境に不満はなかったですが、たまに、友達の家に遊びに行って、当たりませのようにお母さんがいると、「普通の家はこうなのかな?」とも思いました。でも、母に家にいて欲しいとは思いませんでした。祖母がいてくれるだけで充分と思っていました。今になって振り返ると、母が一生懸命働いてくれていたことがとっても今の自分の励みになっています。ひとりひとり考え方は違うとは思いますが、今、一生懸命働いている親の姿が今の子供には寂しく感じられても将来の子供にとっては励みにもなるのではないでしょうか。
Posted by mosuto at 2007年01月26日 16:06
私も同じことで悩んでいます。佐々木さんの文を読んで、つい何でも、ごめん!のことばが出ていまう私なのでとても反省しています。
また、学校でとてもおしゃベりなわが子も家ではとても寡黙です。あまりにも違うので、先生からもっと家で会話をと諭されています。
お母さんは家ではとても忙しいを保育園時代から聞かされている彼の無言の反抗期なのでしょうか。
さらに、宿題もしなくなってしまいました。
あまりにも私自身困り果て、今日、これから先生と話しに学校へ行きます。
タイムリーにも私が悩んでいるテーマについて語られた佐々木さんをはじめ皆さんのご意見を読むと少し前向きになれました。親子で明日に向けてがんばっていこうと思います。
Posted by たまさと at 2007年01月26日 14:27
今、小5の息子のクラスの学級崩壊に微力ながらの行動をしています。
寂しいメッセージを、親の前で出せない子は他の場所で出します。頭でわかっていても寂しいものは寂しいのだろうなと感じます。
素直にスキンシップすることが難しい年頃になってくると、私たち親はそんな年頃なのかと少し距離を置いてしまいがちですが 子供は子供、こちらから関わっていくとまだまだ嬉しそうです。

色々な家庭環境があるので、一概には言えませんが 今やっぱり心が寂しい子達が増えていると思います。それは、理屈ではなく。
Posted by kao at 2007年01月26日 11:24
母と子、2つの視点から書いていらっしゃるhongoさんのコメント、とても重いです。佐々木さんは、息子さんの直球に対して動転せず、謝らず、怒らず、逃げず、堂々と受け止めておられてさすがです。そして、みなさんもそれぞれお子さんと向かいあいながら仕事を続けておられるのですね。仕事に対する母の姿勢の根本を、一番見抜いているのは子どもたち。いま私は、フリーで重ねてきた仕事をほとんどできない状態です。それは、姿勢の弱さと怠惰を子どもに見抜かれているからなのだと改めて痛感しました。
Posted by Elda at 2007年01月26日 04:55
私にも、3歳半と1歳半の子どもがいます。パートナーの仕事を手伝いだし、最近、帰宅時間が19時近くになることが増えてきました。
私が帰ると「キャー」と嬉しそうに駆け寄ってきてくれるのですが、これって「いないとさみしい」ってことかなと、思っていた時の佐々木さんの言葉。。。
うちの子はまだ「仕事」と言っても、全部を理解できないと思うので、家にいる時は、たくさん抱っこして、思いを受け止めてあげたいと思いました。
Posted by 福井ななこ at 2007年01月25日 15:02
子どもの時「家にいてくれないと嫌だ」と私が泣いて訴えたために、母は仕事を辞めました。インテリアコーディネーターのはしりで、とても楽しそうに仕事をしていたのですが・・・。今は、働く私の子どもの面倒をみてもらっています。
時折、あの時そのまま働いていたら母の人生は、どうだったのだろうと考えます。そして、小学生だった私の人生は、どう変わったのだろうかと・・・。
何が正解なのかは、わかりません。そして、正解はないのかもしれません・・・。
今は、母に愛と感謝を伝え、子どもを抱きしめること、を大切にするしかないかな、と思っていますが。
Posted by hongo at 2007年01月25日 12:23
私も子供の頃母が仕事で寂しい想いをしていました・・・
だから私は子供が帰る頃には家にいるようにしていました。でもその事より子供の事を一緒に考える気持ちがもっと大切だと思いますね。お仕事をしている方もみなさん一生懸命お子さんとの絆を深めていらっしゃいますね。
私は「あなたの事を想って帰りたいけど、どうしても〜〜で帰れなかった」と言う事を正直に話すようにしていました。一年生は一年生なりに、六年生も六年生なりに理解してくれるものだと思います。そして出来るときに「○○ちゃんがだ〜いすき!もうはなさな〜い!」とふざけながら思いっきり抱きしめたりしていました。それが一番好きみたいでしたよ・・・
Posted by shundari at 2007年01月25日 11:26
我が家の娘、小学1年のときは私が帰宅するまでの1時間ほどを1人で留守番をして待っていました。とってもいい子にしていて、宿題はもちろんそれ以外の勉強も、ときには私が残していった台所の朝食の洗い物まで片づけてあって、親がいないほうがかえっていい子にしているのね、と思っていたのですが、あるとき言われました。「ほんとは1人で留守番は心細いんだよね。」それはそうでしょう、やっぱりそうよね、と思い、それ以来、保険のつもりでお手伝いの人に留守番を頼んでいます。
緊張していい子に留守番していたのでしょうけれども、小さな子供の本音がぽろっと出て、それを聞いてかえって安心しました。
Posted by chirimoya at 2007年01月25日 00:21
親として、一番よいのは、自分自身が良い人間でよい生活を送る事でしょう。
親はなくても子を育つと言いますから、いずれは大人になっていきます。ただ大事な事は、参考にできる人が身近にいれば、その事を糧に自分自身の生活に役立てる事ができます。
Posted by いで at 2007年01月24日 23:40
はじめまして。

息子は今10ヶ月。
私は、あと数ヵ月後に仕事復帰します。

そんな子供の求めに応じられるかまだ不安ですが
心を通わせればいいんですね。
なんだか気持ちがあったかくなりました。

Posted by 悠祐 at 2007年01月24日 23:20
何の為?

何の為に勉強するの?
何の為に仕事するの?

どうして???

という子ども達の疑問に答えてやれる親でありたいと思います。
わたくしなりの答えではありますが・・・・・。

我が娘は
週末の学童保育のお弁当を
学校給食より楽しみにしています。

娘曰く
「お母さんが作ったのが一番だから!」

母を感じていたい
と思っているんだろうな、と理解するわたくしは、週末、お弁当作りに一生懸命です。

離れていても心はつながっているのよ
と言い続けて7年。

あったかい気持ちと感謝の心を抱きつつ
子ども達が自立することを願っています。


Posted by いとう かづえ at 2007年01月24日 22:57